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けないだろうから、明るくて卒直な誰からも愛される子に、育ってくれることを願いました。
こんな状態だったものですから、小学校もどこで受け入れてもらえるのかもわからない中、親の希望とろう学校の先生、児童相談所の先生方が一生懸命考えてくださり、やっと尾道ろう学校へ入学できました。
小学校一年生から三年生までは親子で通い、一日中、息子の勉強しているのを後ろで見ているというのも辛いものでした。よくできているときはいいのですが、こんなことがわからないのかと思うときは"忍"の一字そのものでした。
四年生になって難聴学級のある福山市立西小学校に転校してくると、いままでと違っていっぺんに多くの友だちができ、話し言葉も増え、喜び勇んで通っていました。が、トラブルも多く、本人自身苦労もあったようです。でも、私はいいチャンスとばかりに、すべての面で自分で考えて解決するよう仕向けてゆきました。本当に困ったとき、わからないとき、アドバイスはしてやるもののできるだけ口出しはしないで、自分で考えさせました。
小学校入学と同時ぐらいに自分から、「ぼくもカバンを持って"くもん"に行きたい」と、言い出しました。家のすぐ前の会館に土曜日になるとカバンを持って来ている自分と同じぐらいの子供たちを見て、楽しい所と思ったのでしょうか。"くもん"へは喜んで行き、プリントもどんどんこなし、みるみるうちに実力をつけてゆき、二年もすると上位成績者として、いつも名前が出るようになりました。この頃、あの突然に忘れてしまうという症状は、いつの問にか消えていました。

 

 

 

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